.稲葉篤志は2013年からアート・インクルージョン・ファクトリーに通い、家族や動物、キャラクターなどを描いている。
A3大の紙にふたりずつ。制作は毎回、自画像である「あ茶(あっちゃん)」と姉である「さと茶(さとちゃん)」をマジックペンで描くところから始まり、「パパ、ママ」「おじ茶(おじいちゃん)、おば茶(おばあちゃん)」「ゆ茶、ゆり茶」(いとこ姉妹)など、家族や親戚の肖像をひととおり描くと、「おかみ(おおかみ)、パンダ」「おさるさ(おさるさん)、きつね」「ゴリラ、うさぎ」といった動物や「みに茶(ミニーちゃん)、みきさ(ミッキーさん)」「どなるど、ぶると(プルート)」などのキャラクター、さらには「だるまさ(だるまさん)、ゆきだるま」「ぐひ(グーフィー)、コケシ」などへと描き進んでいく。どこまで描くかはその日のコンディションによっており、次の制作は再び「あ茶、さと茶」を描くところから始まる。.(これらモチーフについて詳しくはこちら)
最初からそうした制作スタイルだったわけではない。アート・インクルージョンに通い始めた当初の絵を見返すと、1枚の紙に横並びに2人を描くのは主流ではあれ、1人や3人、あるいは2人でも縦に並べたものなど、例外もある。また、描かれている対象には名前がついていないものも多い。名前がついているものの多くは「あ茶」「ママ」などごく近い家族か「くまさ(くまさん)」「いぬ」など。1枚に2人の組み合わせも当初は弾力的で、「くまさ(くまさん)、あ茶」「いぬ、パパ」「ママ、さと茶」などいろいろなペアを見ることができる。画材もクレヨンや色鉛筆、絵具と幅広く使用されていた。
描かれる対象が親戚やくま以外の動物へと広がり、1枚に2人のペアが固定的となって、それらをその日のはじめから一巡していくという「ルーティーン」が確立していったのは、2018年から2019年にかけてのようだ。2013年にアート・インクルージョンに通い始めてから数えると5〜6年をかけてそのスタイルが確立していったことになる。
「ルーティーン」は制作にとどまらない。朝来てからのあいさつにはじまり、お弁当の食べ方、帰るまでの手順など、一連の動作の積み重ねが決まっており、それをなぞるようにしてアート・インクルージョンでの生活が進んでいく。そうした姿勢は、ある種の「修行」や「儀式」を思わせる。
「ルーティーン」は制作にとどまらない。朝来てからのあいさつにはじまり、お弁当の食べ方、帰るまでの手順など、一連の動作の積み重ねが決まっており、それをなぞるようにしてアート・インクルージョンでの生活が進んでいく。そうした姿勢は、ある種の「修行」や「儀式」を思わせる。
ユニークなデフォルメをともなった、幾重にも反復し描かれる人物像や動物の姿は、そこにつけられたほのぼの感あふれるネーミングとともに、一見するとコミカルでユーモラスでナイーブな、例えば社会課題などとは最も縁遠いところにある世界を描いたものであるかのように見える。しかし作者が積み上げてきたこれまでの道のり、そして今も延々と執り行われつづけているその行為を通して見れば、全く別のものに見えてくる。作品の深淵さというものが、文字通り表層だけを見ていてはとり逃してしまうものであるということ。芸術という行為が、まさに生きられてある行いであること。稲葉作品とは、そういうことを私たちに伝える存在なのだろうと思う。(本展キュレイター:門脇篤)
稲葉篤志個展(2017年、cafe Jho Jho)